超絶心理戦オールドメイド

天気晴朗なれども薄暗し。
何故なら此処は悪魔神殿の奥深くだから。
蝋燭は、鏡のように磨き込まれた床や毛足の長い絨毯に三つの人影をぼんやりと落とし、
照らされた談話室には昼さえ陰が部屋の隅にわだかまる。
そこで何かがうごめく気配がしても気にしてはいけない。
闇の生命が暗がりに遊ぶのはここではするのは日常茶飯事だからだ。主にネロのお陰で。
それでも流石に時間的には昼だけあって今それらはいない。
代わりに光の中でも生きる物の音がする。
僅かに微かに静かに。
ページを捲る音。
馬の毛にブラシをかける音。
そして、音を立てまいとする者、その詰めた息遣い。
「静かですね……」
「静かだな」
「……」
満ちる静謐。
その神聖ですらある空間を。
めぎがしゃぁぁぁぁぁん!!
『!?』
中に居た者達全ての視線を集めて扉を粉砕した闖入者はそれでも叫んだ!!
「暇っ!ヒマっ!すっごい暇っ!!」
「暇なのは解りましたから扉を直しておいて下さい短々坊」
また本に視線を戻したサイコハンズが呆れて呟く。
蝋燭で暖められた空気が薄暗い廊下に流れ、その分中には寒々しい風が吹き込んだ。
「……あぁー……」
さっきは喋らなかったファウラーが残念そうな声を出した。
やっと今になって、精神統一の為に取り組んでいたトランプタワーがタイムラグを持って崩れ終わったからだった。
テーブルに高々と積み上げられた十五段345枚のなんと七組のトランプセットを使った超大作だった。
「せっかくここまで来ましたのにー…」
何処まで高く作る気だったんだろう……。
「暇なんだったらエグズに相手してもらえばいいじゃねぇか」
愛馬ナイトメアのブラッシングを再開しながらルナール。ナイトメアが少し怯えてしまったので首元を叩き撫でて落ち着かせる。
「エグズは任務でどっか行っちゃってるの!だから暇ヒマひま!!」
ドゴバギガヅンと壮絶な音を立てて、何故か談話室の中央にいつも安置されている岩を殴りつける。いつもより重さの乗った拳が傷付きもしない代わりに岩が凄い勢いで破片となり小さくなってゆく。
「それでは、宇宙の意志を強制的に鍛錬しては?」
「えー?あいつと殴り合いしても弱くて面白くない」
でもスペシャルアップすると反則的に強くてやっぱり面白くないんだよね、と拗ねたように付け足した。
「ふむ、それでは……そうですね、ファウラー?」
「はいー?」
テーブルのみならず床にまで散らばったトランプをかき集めていたファウラーが突然名前を呼ばれて手を止め顔を上げた。
「それ、使っても構いませんか?」
「これですかー?」
一枚を拾い上げ翳す。
「ええ。トランプでゲームでもしませんか?」
「トランプ?つまんなそう……なんか面白そうな事探しに行ってくる」
格闘至上主義バトルマニア短々坊は不服そうに部屋を出ようとしたが、
「それともトランプのような頭脳戦には自信がないと?」
鋭くサイコハンズの声が飛ぶ。
ぴくり。
短々坊が足を止めて振り返る。
「何?そのムカつく言い方。ボクが馬鹿だって言いたいの?」
お、とルナールが顔を上げた。面白そうな展開になってきた、と。
「そうは言っていませんよ。でももしそう思うなら本人が何か心に感じる物があったんでしょうね」
短々坊は頭が悪くない。
いつもの短々坊ならこんな市場に行けば二束三文で売り買いされてそうな安っぽい挑発に乗ったりはしない。
しかし今の暇にいらついた精神状態。
そして彼はやる気のある相手を好む。引き留めるという行為で真剣さをアピール。
そしてもう一押し。
「短々坊がやりたくないと言うのなら仕方ありませんね。ファウラー、ルナール、私達だけでやりましょう」
「わかりましたー」
「待てよ、オレは別にやら」
ギンッ!
台詞なんか余裕で遮って飛ぶ必殺サイコハンズの邪眼力!逆らえば石にされる恐怖の瞳。
「…ナイトメア…ちょっと…待っててな…」
ルナールに言う事が許されたのは辛うじてそれだけだった。慌てて席についてにっこりと笑顔で迎えられ、やっと視線から解放されてほっと胸を撫で下ろす。指先や足に感じた変質感も消えた。ナイトメアは心配そうに主を見ていた。
短々坊は言ってもまだ子供っぽい所がある。いつも一緒に居る、居てくれるエグゼクターがいない状態は、彼にとって少なからず寂しいはずだ。
そこにあえて仲間外れにするような発言をする。その効果はざっとこの通り。
短々坊はゆっくりとテーブルに向かって歩み、若干わざと乱暴に腰を下ろし、ぶっきらぼうに言った。
「早く始めれば?ボクもやるから」
サイコハンズは我が意を得たりと微笑んだ。
しかし、その微笑みの真意は別の所にあった事をまだ誰も知り得なかった。

「それではオールドメイドは如何ですか?」
「何だよそれ?」
テーブルに頬杖をつきつつルナール。
「ババ抜きはご存知ですか?」
「それならわかりますー。最後までジョーカーを持っていた人が負けなんですよねー?」
混ざった七組のセットを休みなく分けつつファウラー。
「そうです。それによく似たゲームで、ジョーカーの役割を果たすのが4枚のクィーンのうちどれかというだけです」
「え?どういう事?」
「つまり……ファウラー」
「はいー」
ファウラーは分け終わったセットの中から4枚のクィーンを選び出し、扇形に並べた。
「このうちの一枚…そう、例えばハートのクィーン。この一枚を抜いて三枚を戻し、51枚でババ抜きと同じ事をするのです」
クィーンを返されたファウラーは4枚からどれか1枚を抜き取り素早くリフルシャフルをしてカードを切った。
「なるほどね。じゃあ最後に残った相手のいないクィーンを持ってる人が負けってわけだね」
得心のいった顔で短々坊。
「それでは」
既にファウラーによってカードは配り終えられている。普段は寝てばかりいるのに大した手際だ。
中央に透明素材のケースに収められた1枚。
あるいは白雪姫。
あるいは眠れる森のローラ姫。
最後に目覚めるファム・ファタル。
秘匿の柩に隠された一人の女王のその名は誰も知らない。
四人がそれぞれ目の前のカードの山に手をかける。
「ゲームを――始めましょう」

さて、格好良く開始宣言を決めてはみたもの実際すぐに勝負が始まる訳でなく、
同じ数字のカードを合わせて捨てるという地味な作業が行われる。
無論それも計算の内だ。
サイコハンズは何でもない振りをして十三枚のカードを眺めながら、
『…ファウラー』
テレパシーでファウラーに話しかける。
注意して見ねば判らないくらい小さく身じろぎしてファウラーが視線も寄越さず返す。
『なんですかー?』
あくまで何事もない振り。手は止めずそのまま聞けなどと言わなくてもお互い解っている。
『私は貴方と一対一で勝負したいです』
そう、サイコハンズの真の目的はここにあったのだ。
ファウラーと真剣にトランプ勝負をする事に。
短々坊と遊ぶというのはただの口実に過ぎない。持ち出したゲームの種類もこの時間の事を考え最初から仕組まれていた。
『わかりましたー。真剣にですかー?』
『ええ。真剣に、です』
ここで言う真剣は即ち読心術もイカサマもなんでもありという事だ。
ファウラーは何でもない顔をして袖口に手札の中のクィーンを滑り込ませた。
この一枚がある限りまずファウラーが上がる事はない。
サイコハンズは読心術でいくらでも無くす手札を調整できる。
つまり最終的にたった二人残る事が出来る。
そこからが彼らの真の戦いになる。
「手札は揃え終わりましたか?」
「うん」
「はいー」
「ああ」
そして芝居のようなゲームが幕を開けた。

「あー!クィーン寄越したなー!」
「取ったのはお前だろ?文句言われる筋合はないな」
ルナールから一枚奪い取った短々坊が呻く。対するルナールは厄介払いが出来て余裕の表情だ。
「それでしたらー、私が短々坊さんからクィーンを引いたらー、私のカードが減らせますねー」
「あ、じゃあこのカード渡さないもんね」
「短々坊、そうしますと永遠に上がれませんよ」
「だから馬鹿にしないでね。
ボクが一枚クィーンを持ってて、さっきの口振りじゃファウラーも一枚持ってるよね?
ルナールが持ってたらペアで捨てられるからルナールはもう持ってない。
だとしたら残りの一枚はサイコハンズが持ってるんでしょ?」
「さぁ、それはどうでしょうね」
サイコハンズが浮かべる曖昧な笑みを無駄な抵抗と解釈して短々坊は口の端を吊り上げた。
「わかりきってる事なのにはぐらかすのやめたら?
で、そのクィーンをファウラーに引かれるより早く手に入れればいいんだよ」
ふふんと自慢げに鼻を鳴らす短々坊を見て、サイコハンズとファウラーは心の中だけで笑みを深くした。
サイコハンズはクイーンなど初めから持っていない。
ファウラーがズルをして捨てずに二枚持っているのだから。
そんなこんなで。
「ほら、さっさと取れよ」
「わかってるよっ!!」
かくしてルナールが上がり、
「ふふん、あんな事言っといて結局口だけだったね?」
そんな風に短々坊が上がり、
全く気にも止めずに遂に二人の対決の時がやって来た。
短々坊は次の楽しみを探しに行ってしまい、ルナールはナイトメアの散歩にそそくさと逃げていった。
「はいー、一枚どうぞー」
「全部のカードをちゃんと出しなさい。一番端、二枚重ねてあるでしょう」
「あ、ばれましたー?」
「当然ですよ。私と貴方のカード枚数差がありすぎます」
「はいー、じゃあ一枚どうぞー」
「ファウラー、今私が取る瞬間にテレポートで摩り替えようとしたでしょう」
「なんの事ですかー?」
「誤魔化しても無駄です。それくらい貴方なら考えつきそうですから」
ファウラーのイカサマなどサイコハンズは易々と見抜く。
読心術もあるが、元よりサイコハンズは頭脳派が売りだ。
「それと、その一枚だけ立てておくのは無意味だから止めた方が」
「そうですねー」
「ファウラー、ひょっとして寝かけてますか?」
「そうですねー」
「いつも貴方の心は読めないのに…」
「そうですねー」
「今、ガード甘くなっていて読み放題ですよ」
「そうですねー」
「まぁいいでしょう。どちらにせよ、右から二番目のカードを頂きます。
 私の読みだと…ハートの5なんでしょう?」
「そうですかー?」
「え?これは…クィーン?!」
「ひっかかってくれましたー」
「そんな…私の術では確かにハートの5と…!まさか貴方、自分の心に嘘を!?」
「実はそうなんですー」
自分の心に嘘をつく、とはよく使われる表現ではあるが、
真剣に、しかも自覚を持ってやろうとするとこれほど難しい事も他にない。
しかしファウラーは何とそれをやってのけた訳だ。
サイコハンズがいかに読心術に長けていたとしても、
ファウラーはその精神力の高さで自己暗示をかけ、
サイコハンズに偽りの心中を伝える事が出来る。
これで彼の武器は封じられてしまった。
心を読んでは嘘を見せられ、カードをすり替えては見破られ、
二人の戦いはゆっくりとしかし確実に進んで行った。
そして――
ぱさり。
乾いた音を立てて美しい王妃が描かれたカードが二枚、捨て札の山の頂を飾る。
「さぁ、最後のカードを取りなさい。あなたの負けです」
二枚のクィーンはサイコハンズの手から放たれたものだった。
彼の手元にはたった一枚のカード。
ファウラーの手元にも一枚のカード。
「…その前に、いい加減に隠したのを袖から出しなさい」
「はいー」
そしてファウラーは、最初に隠したクィーンのカードを袖から取り出す。
袖に入れた指先が引き出した一枚のカード。
そしてファウラーが少し指を動かすと、後ろにもう一枚ズレて現れたカード。
冷たい表情の女王の顔が二つ並ぶ。
テーブルに零れ落ちたのは確かに二枚のクィーン。
「え!?」
「あ、じゃ私上がりですー」
呆然とするサイコハンズの手から残る一枚のカードを取り、
自分のと合わせて捨て場に捨てた。
「あー、これで同時にサイコハンズさんも上がりですねー」
完全に予想外だった。
サイコハンズはもちろん読心術のみならず透視もできる。
「そんな…有得ない。私が先ほど捨てた2枚、ファウラーが捨てた2枚…ケースに入れた1枚……
 まさか!?」
「正解ですー」
ファウラーは端に置いたケースを開ける。
そこで目を覚まして笑う秘密の女王陛下は、
先程サイコハンズがファウラーから引かされたはずの、
スペードのクィーンと同じだった。
そう。
サイコハンズがテレパシーを入れる前から、
もとよりファウラーは手加減もいい加減もするつもりはなかったのだ。
最初から、トランプのセットにクィーンを5枚入れていたのだから。
7セットのカードがあらかじめあったから出来た芸当だろう。
それとも、しかしそうでなくてもこのトリックスターは、
どうにかしてサイコハンズと引き分けにする方法を見つけるだろう。
それでこその奇術師。
誰にも絶対に、実力を悟らせはしない。
そうして何でも無い振りで、いつも幸せそうにうたたねをするのだ。
「貴方には勝てませんね…」
「引き分けですよー?」
「…全く、貴方って人は…」
「はいー?」
あくまではぐらかすファウラーにサイコハンズは心から苦笑して、
乱雑にテーブルに散った捨て札を集めて揃えた。
最後に別の場所に分けてあったカードを上に載せてケースに仕舞った。
トランプのセットの頂点に佇むカードは笑う。
目の前に佇む爪を隠した鷹も笑う。
「じろじろ見たりして、一体なんですかー?」
その名はジョーカー。
意味するところは、道化師。
人を驚かし笑わせる事を生業とするもの。

長らくお待たせ致しましたっ、やっと完成いたしましたキリ番リクエスト!
こんなのでよろしかったでしょうか?予想外に短々坊が出張ってしまったのですが。
というかまず設定からまずかったとかババ抜きでイカサマなんてどうするのとかまぁ色々ありましたが、
最終的にこのような形になりました。
とりあえず、黛さまへ。仕上がりましたのでどうぞお受け取り下さい。返品は可ですよっ!?